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浜田省吾を聴いてみたい方に
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想い出のファイヤー・ストーム

浜田省吾1986年発表のアルバム「J.Boy」収録曲。
発表当時は、「ラストシーン」同様に切ない別れをホップに仕上げたナンバーとして、なかなか人気のある曲でした。
アルバムの代表曲ではないけれど、アルバムの構成を支えている大切な曲、といった印象があります。

テーマは、浜田省吾定番の若すぎる恋の物語。
高校時代に恋に落ちた二人が、卒業してすぐに結婚。
しかし、現実生活は厳しく、仕事や暮らしに疲れた二人は喧嘩ばかりの毎日となり、家庭はやがて崩壊していくという、いつものパターンです。
いつもとちょっと違うのは、「砂の城」が崩壊していく崩壊の場面までは、きちんと描かれていないところでしょう。

あいつはハイスクールで一番タフでクール そしてワイルド
彼女が街角を歩けば 皆 振り返る まるでクイーン
二人恋に落ちて、誰もが憧れる キャンパスで最高のカップル
卒業式の後 ふたりは教会の鐘を鳴らしたのさ
ハネムーンはつかの間 仕事はきつく 生活はささやか
やがて喧嘩ばかり やつは家飛びだし 酔ったまま高速飛ばした
二人踊ったロックンロール 浜辺で囲んだファイヤーストーム
今夜あいつのために あの季節に乾杯
答えなどないのさ 悲しむことはない すべては移ろい消えてく

この曲で「すべては移ろい消えていく」という思想は、その後、失われることはありませんでした。
経済的に豊かとなった日本社会の中にあって、どうしようもない虚無感のようなものを感じていたということなのかもしれません。

実は、この作品の発表当時、非常に強い違和感を感じたのは、「浜辺で囲んだファイヤーストーム」というシチュエーションでした。
それまでの浜田省吾にはなかった、新しい青春像がこの曲の中では描かれていると感じられたわけです。
キャンプファイヤーなんて、浜田省吾的世界にはちょっと似合わないロケーションでしたからね。

作品中の「あの季節に乾杯」のフレーズは、学校を卒業して社会に出た人たちの多くが共感することのできるものではないかと思われます。
単純な話、学校を卒業して、社会の中に放り出されると、「あの頃は良かったなあ」と感じる瞬間が、誰しも一度や二度ならずあるもの。
そして、その表現方法が浜田省吾的には「あの季節に乾杯」となったのでしょう。

溜まり場だったバーガーショップ
今年も生意気なフレッシュメン
あの頃の俺たちと同じように騒いでいる
想い出のかけらを集めて あの浜辺で燃やそう
俺たちのために

この2番のフレーズも、学校を卒業したばかりの若者たちには共通認識としてある、普遍的な気持ちなのではないでしょうか。
現在の学生たちを眺めながら、無意識のうちに、そこに過去の自分自身を投影して、昔を懐かしんでいる。
そこでいう「昔」とは決して「昔々」の話ではなく、ほんの数年前のことなのだけれど、学生から社会人へと大きく環境の変わった若者たちにとっては、この数年間がおそろしく長い時間の経過であり、学生時代の思い出は遙か昔の記憶に等しいものとなっているわけです。

当時トレンディドラマと呼ばれていた「愛という名のもとに」は、学生から社会人へと変化していく若者たちの心情を描いた青春ドラマでしたが、このドラマの中で、仲間たちが肩を組みながら、「想い出のファイヤーストーム」を歌っているシーンがありましたが、深読みしていくと、学生から社会人へと成長していく時間の中で揺れ動く、若者たちの不安を象徴するシーンだったのかもしれません。

答えなどないのさ 悲しむことはない すべては移ろい消えてく

社会に出たばかりの若者が、まるで悟りを得たかのようなフレーズを呟いている。
そこに、大人になれそうでなりきれない世代の矛盾が潜んでいるのかもしれませんね。




JUGEMテーマ:音楽
| 全曲レビュー(12-J.BOY) | 20:47 | - | - |
A RICH MAN'S GIRL
浜田省吾1986年発表のアルバム「J.Boy」収録曲。
近年のライブでセットリストに入ることはほとんどないと思われ、人気アルバム「J.Boy」の中でも意外と地味な作品になっているかもしれません。
その理由は、あまりにも時代性が顕著である表現方法にあるということは間違いないでしょう。

この作品が発表された1986年という時代は、バブル景気の幕開けとも言える年であり、「男女雇用機会均等法」が施行されるなど、労働に対する価値観が大きく変化しつつあった時代でもあります。
世の中の価値観が「金銭的価値」をより重視する風潮が既に見え始め、日本は既に「踊り始めて」いました。
教室じゃ天使 キャンパスじゃ天使
でも街では She's a rich man's girl.
 "Money is money" 君の口癖 「愛などあてにならない」
She's a rich man's girl.
You're a pretender 望みはすべて
Never surrender  手に入れても
Don't you remember 寂しいのはなぜ
Tokyo city lights 夜にはぐれないように
Tokyo city lights 祈るよ Good luck.
テーマの「金持ちの男の女」は、実は比較的浜田省吾作品の中では普遍的なテーマとも言えるものでもあり、金も名誉もない青年が、純粋に一人の女性に憧れているといった構図は、どらちかと言えば浜田省吾的なものとさえ言えるほどです。
現在でも歌われている「丘の上の愛」に描かれている愛の世界が、浜田省吾の基本線と言って良いでしょう。
 
そうしたことを踏まえながら、この作品を鑑賞してみます。
彼女がつぶやく「愛などあてにならない」というフレーズは、繰り返された裏切りの末の言葉なのか、時代背景が言わせているものなのか、不明です。
ただ、「望みはすべて手に入れても寂しいのはなぜ」というフレーズを最後に挿入することによって、主人公は、必ずしも金銭がすべてではないことを示唆しています。

ただし、彼女の具体的な寂しさは描かれていません。
この部分が「丘の上の愛」との大きな違いとなっています。
おそらく、作者である浜田省吾は、この作品を綴るときに「丘の上の愛」の世界が念頭にあったものと思われます。

テーマやバックグラウンドとしては、街角にありふれている普遍的なものを歌いたかったはずです。
一方で、そこに「現代日本社会」というスパイスを使わなければならないという必然性も感じていたことでしょう。
そして、そのスパイスとして用いられたものが、英語フレーズの多用と自分を崩すことのない対面性を重視する現代的な主人公だったわけです。
タフなハートと息を飲むほどの美しさ
I'm crazy for you.
夜の街へ出て行く君を止められない
I'v been cry'in for you.
Too many hands 冷たい腕に
Too many chains 抱かれた後の
Too much pain ため息はなぜ
Tokyo city lights 君を買い占めたいよ
Tokyo city lights いくらだい How much is your love?
主人公の現代性は、2番のサビ部分のフレーズで、一層明らかとなります。
「丘の上の愛」では、「愛が買えるなら」と疑問を投げかけていたはずの主人公が、ここでは「君を買い占めたいよ、いくらだい?」と、金銭で解決する姿勢を見せているのです。
もちろん、これは本当に彼女を金で買い占めたいという思いよりは、そのくらいに彼女を愛しているという比喩的な表現であると考える方が妥当でしょう。

ただし、その最上級の愛の表現が「君を買い占めたい」であったところに、間もなく訪れるバブル景気の狂乱を予測させているのです。
金持ちには金で対抗する、それが1980年代後半の考え方でした。
そして、そうした時代の流れを敏感に察知していた浜田省吾は、片思いに苦しむ主人公をそうした社会の中に放り込んでみせたわけです。

それにしても、この英語フレーズの多さは、特筆すべきもの。ライク・アメリカンな浜田省吾が絶好調だったんだろうなあという感じです。

サウンドとしては、キラキラとポップなダンスナンバー。ライブでも盛り上がりそうなリズムとメロディですが、残念ながらテーマが斬新すぎたものは古くなりやすいという法則にはまってしまった、そんな曲のようです。




JUGEMテーマ:音楽
| 全曲レビュー(12-J.BOY) | 19:23 | - | - |
八月の歌
浜田省吾1986年発売のアルバム「J.Boy」収録曲『八月の歌』です。

当時、社会派のロックンローラーとして雑誌などのメディアに登場することも多かった浜田省吾らしい、社会的メッセージを多分に含んだロックンロールでした。

砂浜で戯れてる焼けた肌の女の子たち
おれは修理車を工場へ運んで渋滞の中
テレビじゃこの国 豊かだと悩んでる
でもおれの暮らしは何も変わらない
今日も Hard rain is fallin'
心に Hard rain is fallin'
意味もなく年老いていく
報われず 裏切られ
何一つ誇りを持てないまま

1986年といえば、世の中「バブル景気」の中で、日本中がお金に狂っていた時代です。
「テレビじゃこの国豊かだと悩んでいる」というフレーズは、日本が史上初の経済大国へとのし上がった、そのことに対する戸惑いや混乱が表されています。
そして、「でもおれの暮らしは何も変わらない」という主張が、経済大国・日本に対する疑問が提示されているわけです。

現在でこそ、バブル景気の時代を振り返ると、日本中が豊かでどうしようもなかったみたいに振り返られることもありますが、実際のバブル景気の時代には、そのことの恩恵を感じられずにいた人々も、決して少なくはなかったのです。

八月になるたびに「広島-ヒロシマ」の名のもとに
平和を唱える この国アジアに何を償ってきた
おれたちが組み立てた車がアジアの
どこかの街かどで焼かれるニュースを見た

歌詞の二番では、この曲の核心である「アジアへの償い」が歌われています。
不景気が定着して、日本の保守感情が高まる以前、バブル景気の時代には、「アジアへの謝罪」が経済大国として成功した日本にとっての大きな課題となっていました。

どちらかというと、「金で解決できるものは金で解決しよう」的なノリが、政治的にも社会的にも大きくなっていたのかもしれません。
広島出身であり、社会的メッセージソングの旗手でもあった浜田省吾として、このテーマはいつか必ず取り上げなければならない問題だったのでしょう。

浜田省吾は、公式ウェブサイトの中で、次のように語っています。

あの主人公は、ほとんどの人のイメージでは、若い整備士のようなイメージでしょうけど、違うんですよ、俺のなかでは親父と同じぐらい年老いた整備士なんですよ。
それで、自分たちが戦後がむしゃらに働いてやってきたことは、なんだったんだろうというものなんです。

浜田省吾としてみると、まさに戦後日本の総括みたいな思いを、この歌の中に込めていたのかもしれませんね。

満たされぬ思い この からまわりの怒り
八月の朝はひどく悲しすぎる
No winner,No loser
ゴールなき戦いに疲れて あきらめて やがて痛みも麻痺して
Mad love,Desire
狂気が発火する 暑さのせいさ 暑さのせいさ

Cメロのフレーズには、真夏の暑さと政治的な混乱に対する「どうしようもない苛立ち」が叩きつけられています。
日本の8月といえば、いやでも太平洋戦争の記憶と密接に結びついており、真夏の暑さは、そのままに戦争への記憶へと結びついていくものだからです。
今から25年も昔の歌ですから、戦争への記憶は、現在以上にずっと鮮明なものであったはず。
同時に、世の中はバブル景気で、戦争への記憶を早く捨て去ろうとする流れの中で、浜田省吾としては、この高度成長と戦争への償いとを比較しないではいられなかったことでしょう。

あれから長い時間が経ち、「この国が、豊かだと悩んでいた」ことさえ知らない若者たちが、日本社会の一端を担いつつあります。
新しい「八月の歌」が、今では待たれているのかもしれません。


| 全曲レビュー(12-J.BOY) | 19:21 | - | - |
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