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浜田省吾を聴いてみたい方に
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星の指輪
浜田省吾1993年発表のアルバム「その永遠の一秒に」収録曲です。
「片想い」や「もうひとつの土曜日」と並んで、浜田省吾バラードの中でも特に人気の高い曲です。
テーマは「夫婦の愛」。
普通、ラブソングって言うと、結婚するまでの過程を歌うって思われているのですが、この曲では結婚してからも僕たちは恋人同士なんだっていう愛情が伝わってきます。
40代になった浜田省吾の恋愛観のひとつの象徴なのかもしれません。
結婚していても、不倫じゃなくても、恋愛はできるんだぜっていうメッセージ。

ほら 誰もが振り返るよ 君のことを
今も変わらず 俺 君に恋している
一番きれいな君を知っているから…
夫が妻にコクってるというシチュエーション。
日本のロックで、こういう歌を作った人ってあまりいないのではないでしょうか。
でも、考えてみると、夫婦愛っていうのは文学や映画でも重要なテーマのひとつになっているわけで、音楽の世界の題材となっても不思議ではないんですよね。
ようやく、こういう歌を歌える世代が登場したというか、日本のミュージックシーンが一皮剥けたというか、そんな気がします。

若い頃の計画(ゆめ)なんて もう思い出せない
忙しいだけの仕事に追われているうちに
時には貧しさの中 夢見る心 捨てたけど
君がいなきゃ たとえすべて手にしても
うつろで孤独な日々が続くだけさ
一番 大事なもの 気づいたから
この辺りの歌詞は、とてもセンチメンタルで浜田省吾大先生らしい部分なのですが、「若い頃の計画なんて、もう思い出せない」とか「夢見る心 捨てたけど」というフレーズは、ちょっとノスタルジックに過ぎる感じを受けました。
若い頃の夢を思い出せない必要はないし、夢見る心を捨てる必要もないわけで、40歳になったからもう夢なんて見ないよっていうのは、ちょっと違うんじゃないの?っていう感じで。
もちろん、このフレーズの持つ意味は、「他のどんな夢よりも君が大切なんだ」っていうメッセージにあるわけなんですが、例えば、好きな女の子と一緒に暮らすという夢があったりするわけで、わざわざ結婚生活の中から「夢」を省かなくても良いのに、という気持ちはありますね。
あるいは、ただ単純に当時の浜田省吾の気持ちが表現されているだけなのかもしれないですが、感情移入という意味では共感しにくいフレーズでした。

昔の話ですが、「いちご白書をもう一度」というフォークソングが流行った時、「就職が決まって髪を切ってきたときに、もう若くないさと、君に言い訳したね」というフレーズがセンチメンタル過ぎるということで賛否両論がありました。
何かを捨て去るっていうのは、やっぱりとても重い行為だと思われるわけで、そう意味で「若い頃の計画なんて もう思い出せない」っていうフレーズを聴いたときには、さすがに浜田省吾もそう言うのかい?って思っちゃったんですよね。
まあ、それさえもかなり昔の話になるわけなんですが(笑)

全然歌とは関係ない話なんですが、ライブの会場では女の子達がこの曲に合わせて頭上で手を左右に振るんですよね。
なんだかアイドルとか演歌のコンサート会場に来ているみたいです(笑)
日本のロックでは浜田省吾が始めてなんじゃないでしょうか(あまり女性の多いライブに行ったことがないので)。
浜省がロックとアイドルの微妙な位置にいるんだってことを、イヤでも実感させられます☆

でも、サウンド的にもメロディ的にもとても良い曲なので、ずっと大切にしていきたい曲ですね。
| 全曲レビュー(19-その永遠の一秒に) | 22:05 | - | trackbacks(0) |
境界線上のアリア
浜田省吾1993年発表のアルバム「その永遠の一秒に」収録曲。
極めてネガティヴなテーマに包まれたこのアルバムを象徴するように、浜田省吾の作品としてはかなり異色の曲です。
ストーリーは、世の中いろいろなことがあるけれど、結局死ぬときは一人きりなんだぜ、だからとりあえず、今日一日を頑張って生きようぜっていう、そういう感じです。

子供の頃 素直で すべてのルール守ってきた
社会に出て真面目に 不平も言わず働いてきた
皆 こう言ってた "いい人だ…" と
会社も "君は優秀だ…" と
だけど 心も躰も病んだ時には切り捨てられた
浜田省吾の歌の中に、人間の陰の部分が描き出されることは決して珍しくはないのですが、この歌の中では現代人が持つ悲劇的な弱さが顕著に表現されています。

このアルバムについては、浜省本人の幾多の解説が残されていますので、その辺りを参考に歌詞の内容を探ってみたいと思います。

まず、タイトルの「境界線上のアリア(AIR ON THE BORDER LINE)」についてですが、これはもちろんバッハの「G線上のアリア(AIR ON G-STRING)」という曲のパロディとして作られています。
「アリア(AIR)」とはオペラの中の独唱部分のこと(もっとも、「G線上のアリア」の「アリア」については、歌ではなくその旋律から導かれる舞曲のことを示すようです)。
「境界線上(ON THE BORDER LINE)」とは精神性疾患の症例のひとつで、衝動的・自己破壊的行動を繰り返す一連の傾向のことですが、この作品においては「精神分裂病と神経症の境界」という意味で使われているようです。
つまり、「精神分裂病と神経症の境界線をさまよっている者の独唱」ということになり、まさしくこれがこの歌のテーマとなっています。

この歌の解説で、浜田省吾は必ずアルコール中毒患者の話を持ち出しています。

例えばアルコール中毒になった人がいる。で、この人たちはどういう風に生きるかというと、アルコールを今後の人生でずっとやめてしまうんだっていう風に言うと、もう、できないかもしれない。今日1日飲まないんだっていう、今日1日飲まないんだっていうことを神に感謝するんです。で、次の日、朝明けると、やっぱり飲みたいんですよね。で、今日1日頑張ってみようと。今日1日飲まないんだと。そうして、それを毎日積み重ねていくっていう教え方をしていくんです。
(「ブリッジ」'95年10月号)
考えようによっては、これはかなりはかない生き方です。
将来への夢を見るのでもなく、希望に満ちた設計図を描くでもなく、とにかく今日一日をなんとか乗り切ろうという生き方は、まさしく刹那的と言える生き方です。
そして、そうしなければ今日一日さえ乗り切ることのできない人たちが現実に生きているということに対して、この歌は歌われています。

もしかすると、この歌を作った時期に、浜田省吾自身ボーダーライン症例への罹患を感じていたのかもしれません。
あるいは、そうなりつつある自分を自覚していたのかもしれません。
この歌には、それだけの大きなエネルギーが感じられるのです。

神は我等に
太陽と空と海とこの大地を与えて委ねられた
美しいこの世界を…

俺の短い人生も一瞬の夢さ 意味などない
どこから来て どこへ行くのか
わからない その必要もない
ひとり、ひとりきり… 誰だって死ぬときはひとり
ひとり、ひとりきり… 今日一日を生き抜くんだ!
はっきり言って、この歌はかなり特殊なメッセージソングです。
極端な話、今、ボーダーラインの上にいるという人にしか理解できない歌。
そして、それはこの歌を作った浜省本人が一番良く理解していることでしょう。

多分、この歌を聴いて、何も感じない人もいると思うんだよね。何だろう、これは、って。それはそれでいいんだろうと思うんです。これを、確実にキャッチ出来る人、何を唄ってるんだってこと、何が唄いたいのか分かる人もいると思うのね。で、このアルバムはそういうアルバムでいいんだと思ってるんですね。
(同上)
そう考えてみると、この歌は安易に同意すべきその他の歌とは一線を画しているような気がします。
「あー、分かる分かる、その気持ち〜」というような軽いニュアンスではなく、本気で今日一日を必死に生き抜こうとしている人たちにだけ響くような歌というか。
明日死のう、明日死のうと思いながらも、とにかく今日一日を全身全霊を込めて生き抜いている人のための歌というか。
もし、この歌が安易に多くの人々の共感を得て賞賛されたとしたなら、それは逆に作者の意図がうまく伝わらなかったということなのかもしれないのです。

どうして浜田省吾がこんなに狭い範囲の人たちに向けたメッセージを発しなければならなかったのか、僕の関心はそこに向かいます。
でもそれは、やはり作者の心の闇を知らない限りは解けることのない謎なのでしょう。
「吹き飛ばせ、その空虚ってやつを」と歌った『J.Boy』とは明らかに異なる悲しいメッセージ・ソング。

いつか僕がボーダーラインに立つことがあったとき、この歌の本当の意味を理解できるかもしれません。
| 全曲レビュー(19-その永遠の一秒に) | 19:18 | - | trackbacks(0) |
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