CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< March 2024 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
浜田省吾を聴いてみたい方に
RECOMMEND
RECOMMEND
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
ある晴れた夏の日の午後
浜田省吾2005年発売のアルバム「My First Love」収録曲です。
浜田省吾の場合、アルバム構成上もっとも重要と思われる曲を、アルバムの一番最後に持ってくるというパターンが一般的で、その考えによると、今回のアルバムの中でこの曲の占める位置は大きいものと思われます。
重要曲の後に1曲余韻を残すような曲を配するパターンもあるのですが、今回は、アルバムタイトル曲「初恋」の後に、「君と歩いた道」「ある晴れた夏の日の午後」と続くので、そういうおまけ的な選曲とはちょっと考えられないでしょう。
ただし、アルバム最後の曲としては意外なくらいに地味な曲です。
なぜ、この曲がアルバムの最後の曲として作者は選んだのでしょうか。
今日はこのことについて、ゆっくり考えてみたいと思います。

まず、浜田省吾本人の解説によると、この歌はラブソングで、「『君と歩いた道』と光と影で対になっている曲。カンカン照りの日に真っ黒いスーツを着た僕と同じくらいかちょっと上の男の人があぜ道を歩いているってイメージ。」とのこと。

http://storm.fmfuji.co.jp/guest05/guest0716.html

この本人解説を元にして、歌詞の内容を考えてみたいと思います。

風が青い稲の穂を撫で抜けていく畦道
静寂 蝉の声 自分の付く息 足音
真上から照りつける八月の太陽
鋭い歯で切り取った影を踏みながら
額から背中から流れ落ちる汗
視線の向こうは陽炎
歌詞の一番は日本の真夏をイメージさせる描写のみで構成されています。
「青い稲の穂」は日本の8月を象徴する言葉です。
「静寂」と「蝉の声」は一見矛盾する言葉ですが、蝉のわんわんと鳴く声が静寂を生み出すという逆効果は、松尾芭蕉の「閑かさや岩にしみ入る蝉の声」と同じ手法ですね。
また、ここでは説明文ではなく、言葉を羅列することで一層の静けさを強調することに成功していますが、こうした詞の書き方はもともと浜省が佐野元春の中に認めていた表現方法のひとつ。
日本の8月の炎天下の午後、蝉の声だけに包まれた水田地帯を歩く主人公の姿がきちんと描写されています。
もっとも、この中には伝えられるべきメッセージは、まだ登場していません。
ただ、サウンド的には重苦しいスローテンポの音楽が鳴っていることから、決してこれが爽やかなラブソングには発展していかないことが何となく感じ取れるだけです。
歌詞のすべてが「体言止め」という手法で構成されているのも、「静寂」をより強調するための文学的なテクニックと思われます。

写真の中の君 無邪気に笑ってる この浜辺で
この時 君 二十歳過ぎで あどけなさの中に強い心 秘めている
生命の輝き ほとばしる瞬間をとらえたのは このオレ
名付けようも無い感情で
ここでは、1枚の写真の風景が描写されています。
浜辺で無邪気に笑っている「誰か」の写真。
二十歳過ぎの「誰か」が浜辺で笑っている写真。
主人公はこの写真の「誰か」の笑顔の中に「強い心」を見つけ出しています。
この写真が「誰」なのかが明記されていないということが、逆にこの写真の被写体がこの歌の中で非常に重要な意味を持つような憶測ができます。
僕は当初、この写真の被写体はきっと浜田省吾のお父さんなんだろうと推測していました。
この歌は家族の繋がりを歌ったものなんだろうと。
けれども、そうすると浜田省吾本人の語った「君と歩いた道」との対比が説明できないので、そうすると被写体はやはり主人公の若い頃の恋人ということになります。
ここで主人公が若い頃の恋人の写真に感じた「名付けようもない感情」とは、いったいどんな感情だったのでしょうか。
表現者が自分の気持ちを表現するために「名付けようもない」と表現することはとても異例であり、卑怯な手法です。
この手法によれば、すべての表現が必要なくなってしまう危険性を孕んでいるからです。
もちろん、作者はそんなことを先刻承知のうえで、それでもなおこの「名付けようもない感情」をどうしても使わなければいけないという必要性に迫られたのでしょう。
そこに、この歌の持つ作者の複雑な思いが表現されているような気がします。
若き日の恋人に感じた「生命の輝き ほとばしる瞬間」。
その写真の主人公は既に遠く離れた存在となってしまっています。

つむじ風 湧き立ち
手招くように 導くように 明日へと

いつかまた逢える日が来た時
君に恥じない日々 送ることを誓おう 青空に
愛された感触が素肌と心に 今も消えずにあるから
「愛された感触が素肌と心に今も消えずにある」のは、作者が恋人への感情を今も抱き続けていることを示唆しています。
もちろん「いつかまた逢える日」はきっとやっては来ないでしょう。
けれども、作者の決意は「いつかまた逢える日」を想定して「君に恥じない日々を送ることを誓おう」と決意表明しています。
湧き立つ「つむじ風」はかつての恋人であり、「手招くように 導くように」自分の現在を見守ってくれていることを、作者は感じています。
「青空」はおそらく作者にとって恋人と同じような存在、あるいは恋人を示唆する存在として登場しているのでしないでしょうか。

ただ、最初に書いたように、僕はこの歌を父親に対する歌として読み取っていましたから、今でもその印象は抜けていません。
50代の男性が昔の恋人を思い出しながら、決意表明するというのは自然な行為なのでしょうか。
今でも昔の恋人の存在を身近に感じることはあるのでしょうか。
僕はまだ若いし、その辺りの感情を素直に読み解くことはできません。
少なくとも、昔の恋人のことを思い出すことはほとんどないし、まして昔の恋人に何かを誓うことなんて考えられませんから。
可能性としては、若い頃に恋人と死別していたとしたなら。
若い頃のままの恋人のイメージを引きずり続けてきたとしたなら、恋人に何かを誓うという行為も理解できるような気がします。

| 全曲レビュー(26-My First Love) | 20:05 | - | trackbacks(0) |
My First Love
2005年発表のアルバム「My First Love」のタイトル曲「My First Love」。
今夜はゆっくりとこの曲に向かい合ってみたいと思います。
じっくり聴くだけの価値がある曲だと思いますので。

曲のテーマは、「浜田省吾という人間の音楽的な成長」。
自分の音楽との出会いから、プロのミュージシャンになってからの道のりを回想的に描いています。
プロになるまでの道のりを歌った歌というのは良くありますが、(たとえば、世良公則「ストーンズが聞こえた朝」、SION「風向きが変わっちまいそうだ」、エコーズ「Tug of street」みたいなやつ)」、プロになってからの成長物語というのは案外珍しいかもしれません。

海辺の田舎町 10歳の頃
ラジオから聞こえてきた"The Beatles"
一瞬で恋に落ちた
教室でも家にいても大声で歌ってた
"I wanna hold your hand"
"Please please me"
"Can't buy me love"
浜省のビートルズとの出会いは、これまでに幾多のところで語られてきたとおりで、浜省の音楽の根底には常にビートルズの存在があったといえます。
ちなみに、「I wanna hold your hand(抱きしめたい)」は1964年のビートルズの日本デビューシングル、「Please please me」は日本第2弾シングルで、日本の少年がビートルズに出会うお約束のメロディだったことでしょう。

この後、浜田省吾というミュージシャンが少年の頃に影響を受けた音楽が綴られています。
ボブ・ディランは「路地裏の少年」で、「古ぼけた フォークギター 窓にもたれ 覚えたての『風に吹かれて』」と歌われた「風に吹かれて」の作者で、1960年代のフォーク&ロック界では欠くことのできない存在。
ビーチ・ボーイズに大きな影響を受けているのも周知のところで、「二人の夏」や「LITTLE SURFER GIRL」などのサーフ・ミュージックには、その辺りを思い切り反映させています。
モータウンやメンフィス・サウンドはリズム&ブルースに憧れた浜省のルーツのひとつ。
世界中のR&Bミュージシャンはメンフィスに憧れを持ち続けているんですよね〜。
ちなみに、忌野清志郎はメンフィスの名誉市民だそうです(♪名誉市民の僕だから〜、という歌もありましたね)。
僕は浜田省吾から洋楽に入っていったので、ルーツ・オブ・浜田省吾を一生懸命に聴きました。
それこそ、ビートルズ、ビーチボーイズからモータウンまで。

「時代は60年代 Love Peace & Rock'n Roll」は、団塊の世代には懐かしいキーワードです。
昭和27年生まれの浜省が「団塊の世代」に属するかどうかは微妙なところですが、少なくとも「団塊の世代」の空気を目の前で感じていたことは確か。
写真を撮影する時の「ピース・サイン」なんて、団塊の人たちの財産ですよね〜、関係ないけれど。
愛と平和とロックンロール、これにドラッグが加わって60年代のヒッピー・ムーブメントという感じですね。

1974年 21歳になった年
「旅の暮らし」が始まった
オレの初恋はRock'n Roll
そして今も夢中で追いかけている
1974年は、吉田拓郎のバックバンドとして、浜田省吾が初めてプロのツアーに参加した年で、プロとしての浜省がスタートした記念すべき年になりました。
サビの「オレの初恋はロックンロール」は最高ですね。
浜田省吾以外、誰も歌えません、こんなの(笑)
佐野元春でも辻仁成でも桑田佳祐でも無理でしょう、きっと。
偉大だ、浜田省吾(前から思ってたけれど)。

迷いと混乱の中 沈んでいた70年代
救ってくれたのは"Bruce Springsteen & Jackson Browne"
鐘が鳴るように甦る"Old time Rock'n Roll"
心の中叫んだ"Bringing it all back home"
浜田省吾の人生を変えたともいえる、1970年代から80年代への転機を歌った部分です。
「何を歌っていいか分からなかった」1970年代の浜田省吾を救ったのは、ブルース・スプリングスティーンとジャクソン・ブラウンでした。
1980年発表の「Home Bound」で浜省は「日本のスプリングスティーン」としての地位を獲得、それまでの停滞が嘘のような疾走を開始します。
ジャクソン・ブラウンはロック・ミュージシャンの立場から社会的なメッセージを発信することの影響を大きく受けます。
「Bringing it all back home」はボブ・ディラン1965年の古いアルバム、「On The Road Again」が収録されているアルバムでした。
僕は「路地裏の少年」から「風に吹かれて」を聴き、ボブ・ディランから彼の師であったウディ・ガスリーに入り、ガスリーから多くのアメリカン・フォーク・ミュージシャンや日本のプロテスタント・フォークに夢中になりました。
まさしく浜田省吾様々です☆

「アメリカ生まれのRock'n Roll
やっているオレは誰だ…?」
自分を探した「J.Boy」
オレの恋人はRock'n Roll
そして今も夢中で追いかけてる
この歌の中で、浜田省吾は「J.Boy」までの自分を歌っています。
つまり、ある意味では浜田省吾の成長は1986年の「J.Boy」でひとつの区切りを付けていると考えることができるようです。

全体を通して浜田省吾というミュージシャンのノスタルジーという説明ができそうですが、古くから浜田省吾を聴いてきたファンにとっては、共有できるノスタルジーともいえそうです。

もちろん、60年代や70年代のフレーバーをふりまきつつ、その時代を回顧するノスタルジックな歌にはけっしてならないところが、浜田省吾の“現役性”である。
これは公式サイトでの解説ですが、僕はこれはやっぱり「ノスタルジー」だと思います。
ただ、現役選手のノスタルジーを否定する必要はどこにもないわけだし、このノスタルジーがかつて「ストリート派」と呼ばれたロックンローラー浜田省吾の現在であることを誇ってほしいとさえ思うほどです。

サウンド的には70年代のイーグルス・サウンドを現代的に再現したようなイメージを受けました。
バックコーラスの中に、ザ・フーの「マイ・ジェネレーション」やビーチボーイズの「グッド・バイブレーション」などのフレーズが入っているのはファンを楽しませてくれますよね。
アコギで弾き語りしていて楽しい曲です♪

うーん、こういうこと書いてると、やっぱり古いロックンロールを聴きたくなってきますね。
「ルーツ・オブ・浜田省吾」なんていうテーマでライブやったら面白そうですね。
ずっと以前に桑田佳祐がやってたような気もしますが。
山下達郎なんかも好きそうですね、そういうの。

| 全曲レビュー(26-My First Love) | 21:37 | - | trackbacks(0) |
花火
浜田省吾2005年発売のアルバム「光と影の季節」に収録された「花火」です。
テーマは「家庭を捨てた男の物語」で、ある日突然家族を捨てて家を出た男が、自分の過去を現在付き合っている女性に告白するというストーリーになっています。
近年の浜田省吾はかつてのストリート派としての立場よりも、フィクションライターとしての方向性に力を入れているように感じられますが、この曲もそうしたフィクションライティングとしての傑作として扱われることになりそうです。

特徴的なのは「Thank you」と同じくストーリーにリアリティが全然感じられないこと。
浜省のフィクションは、そこからすべてのリアリティを剥ぎ取って、カラカラに乾いた事実だけを突きつける手法にこだわっているようにさえ受け取れます。

暮らしには困らぬように稼ぎはすべて送った
今でも部屋には幼いままの子供達の写真
何故か すぐに帰るつもりで車を車庫から出して
アクセル踏み込んだ
すぐに帰るつもりで家を出て
もう5度目の夏の夜空に花火
歌詞の中からは、男がなぜ家庭を捨てたのか、その経緯は描かれていません。
また、男が現在どのような生活をしているのかも不明で、唯一「これが俺の物語 君の心 失っても隠せない」と言っているように、現在は新しい女性と恋に落ちていることを推測させるだけです。
つまり、男の背景や人生が描かれていないことがストーリーにリアリティを与えない効果をもたらしていて、男の淡々とした告白だけが浮かび上がってくるのです。

「稼ぎはすべて送った」などの部分もリアリティに欠ける部分。
「すべての稼ぎ」を送っても暮らしていけるほど、男の生活には余裕があるのか、現在の男の生活背景が不明なだけに、この辺りにも消化不良が残ります。

一方で、ほとんどのシーン設定が不明であるということが、逆にオーディエンスの想像力を膨らませることもまた確かです。
男は多額の借金を背負って蒸発したのか、不倫相手の若い女性と一緒に暮らすために蒸発したのか、それとも本当に特段の理由もなく、ただフラフラと蒸発したのか。
5年の間、男はどこでどのような生活をしていたのか。
そして、「君」とは誰なのか。
そんなたくさんの疑問が浮き上がるようにして、この男の物語は我々に静かに語りかけているのです。

ただ、歌詞の中には男の妻の話題が出てこないというヒントだけは明らかです。

■娘はもう二十歳 恋人もいる年頃
■下の子はサッカー好きの子で 次の春には高校
■今でも部屋には幼いままの子供達の写真

家族についての表現は以上の3点で、これらはいずれも子供達についてのもの。
つまり、男と男の妻との間には既に精神的な繋がりは見られないということだけは明確に推測できるのです。
蒸発した男から定期的にお金が送られてくるだけでは、残された妻としては新しい夫を見つけることもままならない状況になってしまいますが、既に二人の間で離婚が成立していたとしたなら、男と妻との関係については説明がつくような気がします。

もしかすると、この歌は残された妻の物語でもあるのかもしれません。

| 全曲レビュー(26-My First Love) | 18:45 | - | trackbacks(0) |
| 1/2PAGES | >>