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浜田省吾を聴いてみたい方に
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丘の上の愛
浜田省吾1980年発表のアルバム「HOME BOUND」収録曲です。
当時から高い人気を得ていたバラードソングですが、最近は「もうひとつの土曜日」や「星の指輪」なんかの陰に埋もれて、隠れた名曲になってしまっているようです。
テーマは「愛はお金で買えないんだよ」というピュアなラブソング。
ストーリー性のある歌詞が、この曲を映画のようにイメージさせます。
笑顔一つでいろいろな男性を虜にしてきた女性が主人公。
彼女は本当の恋をしようとはしないで、様々な男性と遊び歩くだけ。
その彼女が初めて心を奪われたのは、金もない、ただ夢だけを抱えた男の子。
けれども、彼女は贅沢な生活のできる未来を手に入れるために、丘の上に住む金持ちの男性に抱かれてしまう。
豊かな暮らしを手に入れたものの、彼女は男の子のことを忘れられなくて、毎晩のように丘を駆け下りていく夢を見ながら泣いている。
という、なかなか凝ったシチユエーションのラブソングです。
で、結論として、「愛が買えるなら、その涙の理由を教えて」ということになるわけです。

君がただひとり 心を奪われたあいつはまだ若く
夢の他には何も持たない貧しい学生
だけど9月の雨の夜 
君は丘の上に住む誰かの氷のような腕に抱かれて
未来を手に入れた 愛とひきかえに
「丘の上に住む」暮らしは、お金持ちの生活のイメージ。
浜田省吾の中にあるアメリカ西海岸のリッチな人たちのライフ・スタイルが下敷きになっていると思われます。
インタビューの中でも、ロスに行かなかったら書けなかったみたいなコメントがありましたね。
SIONの歌の中にも「あの丘の上のロールスロイスには、3人の牧師が乗ってる」というフレーズがあり、裕福な人々は丘の上に暮らしているという概念が前提条件となっています。
おそらく、この歌の基礎となっているのはイーグルスの「偽りの瞳(LYIN'EYES)」ではないかと思われます。
お金持ちと結婚したものの、愛のない生活に耐えきれず、丘の下に住む若者のもとへ毎晩出かけていく女性を描いたもので、愛はお金では買えないんだぜっていうメッセージがあふれています。
逆にいうと、愛のない生活がどれだけ惨めで辛いものかを訴えかける要素も強いわけですが。
「氷のような腕」という表現に、彼女が相手の男性を愛していないことを推測させています。
もちろん、相手の男性は心からこの女性を愛しているかもしれないわけで、あくまで女性の心に焦点を当てたストーリーということになるわけなんですが。

夜毎 冷たいベッドで夢見る 丘を駆け降りてく夢
愛しい人のもとへ戻ってゆくがいい
愛だけをまっすぐに見て
愛が買えるなら その涙の理由を教えて
愛が買えるなら ため息の理由を教えて
いつわらずに
お金はないけれど、愛と夢だけは持っている男の子という設定は、いかにも浜田省吾らしい設定。
少年の頃の僕らは、浜田省吾のこういう部分に憧れたんだと思います。
だから、「若い頃の計画なんて もう思い出せない」みたいなフレーズには、かなりショックだったんですよね。
ずっと信じて付いてきたんだよ、浜田先生!って感じ?

もっとも、この曲も発表当初は「リアリティがない」ということで、正しい評価を得られなかったのも事実。
日本の女性っていうのはお金で動くものじゃないっていう認識がまだあったんですね。
物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを大切にするのが、日本の女性の美意識でしたから。
それがバブル期になって、日本の女性は金さえ与えれば何でもやる、という認識になり、いきなりリアリティを持ったラブソングになってしまったわけです。
そう考えると、ちっょと悲しい部分もあるわけですが。

サウンド的にもアコースティックで、弾き語りの似合う曲、歌詞もメロディもピュアな時代の浜田省吾が満載ってやつです。
マイ・フェバリットな1曲ですね。
| 全曲レビュー(6-HOME BOUND) | 21:04 | - | trackbacks(0) |
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