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遠くへ-1973年・春・20才
浜田省吾1986年発表のアルバム「J.Boy」収録曲「遠くへ-1973年・春・20才」です。
長いタイトルですね(笑)
1986年のアルバムになぜ1973年の曲が?という感じですが、このアルバムではあえて古い時代に作られた楽曲が収録されています。
このアルバム、当時は2枚組のレコードとして発表されたのですが、その2枚目のA面に、若い時代に作られた楽曲3曲が収録されており、そのうちの1曲がこの「遠くへ」だったのです。

やっと試験に受かったと
喜び勇んで歩く並木道
肩にセーターと おろしたてのバスケット・シューズ
長髪をひるがえし駆け上がる校舎

初めてあの娘に出会った朝は
僕は20才で まだキャンパスも春
赤いヘルメットの奥の瞳に
見透かされたようで 何とか照れ笑い
コンサートでは、必ずこの「赤いヘルメット」の話が出ました。
これはオートバイのヘルメットじゃないんだ、その頃は学生運動というのが盛んで、彼女はそんな学生運動に参加していて…という、そんな話です。
学生運動について少し知りたいなという人は、三田誠広の「僕って何」を読んでみてください。
ブックオフで100円で買えると思うし、とりあえず当時の空気をなんとなく感じることができると思います。

この1番の歌詞では、大学に入学して、もう人生がバラ色で何もかもが幸せに見えるという、そういう気持ちが表現されています。

紺と銀色の楯の前で
空を仰いで祈り続けた
"神よ 僕らに力をかして
でなけりゃ今にも倒れてしまいそう"

振り向くと遠くにあの娘の眼差し
笑っているのか泣きだしそうなのか
違う 違う こんな風に僕は
打ちのめされる為に 生きてきた訳じゃない
夢の大学生活に突入した主人公は、様々な人間関係を培うようになります。
そして、初めての経験、複雑な恋愛感情。
いろいろなものに飲み込まれていくうちに、主人公の男の子は押しつぶされてしまいそうなくらいに、人生や恋愛について苦悩するようになります。
おそらくは、青春期の青年達の誰もが経験する苦悩なのかもしれません。

導入部で、あえて学生運動という背景が登場しながら、その後の主人公の苦しみは社会にではなく、自分自身の中に向かっていきます。
1960年代末期の音楽の中では、こうした苦悩は社会という外側の世界に向かうことが標準でした。
しかし、吉田拓郎の登場によって、人々は自分自身の中に疑問の根本を見つけようと苦しみ始めるようになります。
いわゆる「内省的な歌詞」が支持される時代になっていたわけです。

ちなみに、1973年とはどういう時代だったのでしょうか。
政治的にはアメリカ軍がベトナムから撤退、長かったベトナム戦争が終結し、ひとつの時代に区切りをつけます。
音楽でいうと、かぐや姫の「神田川」、ガロの「学生街の喫茶店」などがヒットし、世の中には社会運動との訣別の空気がはっきりと流れ、より個人的で具体的なテーマが重要なものとなっていました。
村上春樹の「1973年のピンボール」と舞台ともなったように、それは「少しだけ」特別な年だったのです。

初期の浜田省吾作品が持っていた純粋な青春が、この曲でも克明に描かれています。
傷つきやすい少年、傷つきやすい青春、そういったピュアで、年を取れば必ず失われてしまう種類の美しさが、この曲には溢れていると言っていいでしょう。
そして、そうした傷つきやすさは、青春の中にいる若者達にとってはリアルで、このうえなく残酷な苦しみだったかもしれません。
この歌の重要なポイントは、若い時代を振り返って歌っているのではなく、傷つきやすい青春の中にあって歌われているという点かもしれません。

時代が変わっても変わることのない青春の残像が、この曲には輝いているような気がします。

| 全曲レビュー(12-J.BOY) | 21:30 | - | trackbacks(0) |
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