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浜田省吾を聴いてみたい方に
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八月の歌
浜田省吾1986年発売のアルバム「J.Boy」収録曲『八月の歌』です。

当時、社会派のロックンローラーとして雑誌などのメディアに登場することも多かった浜田省吾らしい、社会的メッセージを多分に含んだロックンロールでした。

砂浜で戯れてる焼けた肌の女の子たち
おれは修理車を工場へ運んで渋滞の中
テレビじゃこの国 豊かだと悩んでる
でもおれの暮らしは何も変わらない
今日も Hard rain is fallin'
心に Hard rain is fallin'
意味もなく年老いていく
報われず 裏切られ
何一つ誇りを持てないまま

1986年といえば、世の中「バブル景気」の中で、日本中がお金に狂っていた時代です。
「テレビじゃこの国豊かだと悩んでいる」というフレーズは、日本が史上初の経済大国へとのし上がった、そのことに対する戸惑いや混乱が表されています。
そして、「でもおれの暮らしは何も変わらない」という主張が、経済大国・日本に対する疑問が提示されているわけです。

現在でこそ、バブル景気の時代を振り返ると、日本中が豊かでどうしようもなかったみたいに振り返られることもありますが、実際のバブル景気の時代には、そのことの恩恵を感じられずにいた人々も、決して少なくはなかったのです。

八月になるたびに「広島-ヒロシマ」の名のもとに
平和を唱える この国アジアに何を償ってきた
おれたちが組み立てた車がアジアの
どこかの街かどで焼かれるニュースを見た

歌詞の二番では、この曲の核心である「アジアへの償い」が歌われています。
不景気が定着して、日本の保守感情が高まる以前、バブル景気の時代には、「アジアへの謝罪」が経済大国として成功した日本にとっての大きな課題となっていました。

どちらかというと、「金で解決できるものは金で解決しよう」的なノリが、政治的にも社会的にも大きくなっていたのかもしれません。
広島出身であり、社会的メッセージソングの旗手でもあった浜田省吾として、このテーマはいつか必ず取り上げなければならない問題だったのでしょう。

浜田省吾は、公式ウェブサイトの中で、次のように語っています。

あの主人公は、ほとんどの人のイメージでは、若い整備士のようなイメージでしょうけど、違うんですよ、俺のなかでは親父と同じぐらい年老いた整備士なんですよ。
それで、自分たちが戦後がむしゃらに働いてやってきたことは、なんだったんだろうというものなんです。

浜田省吾としてみると、まさに戦後日本の総括みたいな思いを、この歌の中に込めていたのかもしれませんね。

満たされぬ思い この からまわりの怒り
八月の朝はひどく悲しすぎる
No winner,No loser
ゴールなき戦いに疲れて あきらめて やがて痛みも麻痺して
Mad love,Desire
狂気が発火する 暑さのせいさ 暑さのせいさ

Cメロのフレーズには、真夏の暑さと政治的な混乱に対する「どうしようもない苛立ち」が叩きつけられています。
日本の8月といえば、いやでも太平洋戦争の記憶と密接に結びついており、真夏の暑さは、そのままに戦争への記憶へと結びついていくものだからです。
今から25年も昔の歌ですから、戦争への記憶は、現在以上にずっと鮮明なものであったはず。
同時に、世の中はバブル景気で、戦争への記憶を早く捨て去ろうとする流れの中で、浜田省吾としては、この高度成長と戦争への償いとを比較しないではいられなかったことでしょう。

あれから長い時間が経ち、「この国が、豊かだと悩んでいた」ことさえ知らない若者たちが、日本社会の一端を担いつつあります。
新しい「八月の歌」が、今では待たれているのかもしれません。


| 全曲レビュー(12-J.BOY) | 19:21 | - | - |
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