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浜田省吾を聴いてみたい方に
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勝利への道
浜田省吾1986年発表のアルバム「J.Boy」収録曲です。
メジャーコードの勢いのあるロックンロールで、ライブなんかでも人気のある曲ですね。

おれには車とギター
お前には火のような情熱
汗ばむ夏の舗道で出会った
火花散らして

死んだ様な町を拒み続け
まるでストレンジャー
いつもストレンジャー
誰からも受け入れられずに
かなり浜田省吾的なフレーズが満載です。
まず「おれには車とギター」というフレーズで、ワイルドな主人公の設定、そして「お前には火のような情熱」で、恋人への愛情を表現しています。
「夏の舗道」で出会ったというのも、かなり浜田省吾的状況設定ですね。
どんな出会いだったのか、具体的な描写が一切なく、ただそこが「夏の舗道」だったことが強調されているだけです。
『HOT SUMMER NIGHT』の男性と女性も、こんな感じで火花散らしていたような気がします。
2人は自分が暮らす町を「死んだ町」と表現し、そこに生きる自分たちは「まるでストレンジャー」だと言っています。
しかし、その理由はやはり明確には語られていません。
ただ、「誰からも受け入れられない」現実だけが綴られているだけです。
見知らぬ町で感じた孤独感を旅人同士が埋めるような感情で、2人は生きていたとも思われます。

親父は16才の時から 町はずれの工場で
背中痛めながら 働き続けてきた
繰り返す口ぐせはいつも
おれの様な おれの様な人生を お前は選ぶな
2番に入って、歌詞は突然に社会的なメッセージを抱えた雰囲気を表します。
なぜか唐突に登場する主人公の父親は工場労働者であり、しかも自分の人生に満たされることのないものを感じ続けています。
だから、息子に繰り返す言葉は「おれの様な人生をお前は選ぶな」というものでした。
もちろん、その言葉を聞いて育った息子=主人公の中には、社会に対するなにがしかの不満や怒りが充満していたことと推測されます。
背中を痛めるくらいに働いた父親が勝ち組として残れなかったという現実を見て、主人公はそういう矛盾を内包した社会との対決姿勢を鮮明にしていきます。
ここで1番の歌詞の意味が少しずつわかってきます。
不遇な父親を産んだ社会に対する怒りが、主人公の「町を拒み続ける」生き方となり、「いつもストレンジャー」と感じさせる要因となっていたわけです。
「町」とは父親が成功することのなかった「社会」のことであり、そんな社会=町を主人公は受け入れることができなかったのでしょう。

あきらめていた 二人出逢うまでは
明日への 明日へのドア 
どこにも見つけ出せないで
髪をほどいて 今夜むかえてくれ
投げ出した計画(ゆめ)を もう一度集めて
髪をほどいて 今夜むかえてくれ
勝利への道を おれと走ってくれ
そして、最後に主人公の答えが提示されています。
社会に対して無力感を感じていた主人公は「火のような情熱」を持った女の子と出逢うことによって、もう一度、社会に挑戦しようと決意します。
社会に対する挑戦の方法はたくさんあるでしょう。
それはロックミュージシャンになってビッグヒットを飛ばし、ヒットチャートを独占することかもしれないし、もっと違うことなのかもしれません。
とにかく、主人公はこの「死んだ様な町」で勝ち組として生き残るために、「投げ出した計画をもう一度集めて」「勝利への道」を走ろうと決意したわけです。
そして、彼にそんな決断をさせたのは、もちろん「夏の舗道」で出逢った彼女だったに違いありません。
だから、そういう意味ではこの曲はすごいラブソングになっていると言えるわけです。

こうして社会に対して挑戦していく男性の姿は、かつて浜省が歌い続けていた少年達の面影を感じさせます。
たとえば、「MY HOME TOWN」で町に失望した男の子が成長した姿、「MONEY」で金に狂わされた男の子が成長した姿、そういうものがこの曲で描かれているような気もするのです。
「もうこんな町、出ていってやるぜ」と感じていた少年達が、この町の中で生き残ろうと決意する、そんなイメージです。
とすると、浜田省吾の描く男性像は、この頃ずいぶん力強くなっていたのかもしれません。
タフでクールでワイルドな男性像が生まれたのは、おそらくこの頃からだと思われるのです。

英語タイトルは「THE LAST CHANCE」、最後のチャンスという言葉にこそ、浜田省吾がこの曲を書いたときの本当の気持ちだったのかもしれませんね。

| 全曲レビュー(12-J.BOY) | 19:40 | - | trackbacks(0) |
遠くへ-1973年・春・20才
浜田省吾1986年発表のアルバム「J.Boy」収録曲「遠くへ-1973年・春・20才」です。
長いタイトルですね(笑)
1986年のアルバムになぜ1973年の曲が?という感じですが、このアルバムではあえて古い時代に作られた楽曲が収録されています。
このアルバム、当時は2枚組のレコードとして発表されたのですが、その2枚目のA面に、若い時代に作られた楽曲3曲が収録されており、そのうちの1曲がこの「遠くへ」だったのです。

やっと試験に受かったと
喜び勇んで歩く並木道
肩にセーターと おろしたてのバスケット・シューズ
長髪をひるがえし駆け上がる校舎

初めてあの娘に出会った朝は
僕は20才で まだキャンパスも春
赤いヘルメットの奥の瞳に
見透かされたようで 何とか照れ笑い
コンサートでは、必ずこの「赤いヘルメット」の話が出ました。
これはオートバイのヘルメットじゃないんだ、その頃は学生運動というのが盛んで、彼女はそんな学生運動に参加していて…という、そんな話です。
学生運動について少し知りたいなという人は、三田誠広の「僕って何」を読んでみてください。
ブックオフで100円で買えると思うし、とりあえず当時の空気をなんとなく感じることができると思います。

この1番の歌詞では、大学に入学して、もう人生がバラ色で何もかもが幸せに見えるという、そういう気持ちが表現されています。

紺と銀色の楯の前で
空を仰いで祈り続けた
"神よ 僕らに力をかして
でなけりゃ今にも倒れてしまいそう"

振り向くと遠くにあの娘の眼差し
笑っているのか泣きだしそうなのか
違う 違う こんな風に僕は
打ちのめされる為に 生きてきた訳じゃない
夢の大学生活に突入した主人公は、様々な人間関係を培うようになります。
そして、初めての経験、複雑な恋愛感情。
いろいろなものに飲み込まれていくうちに、主人公の男の子は押しつぶされてしまいそうなくらいに、人生や恋愛について苦悩するようになります。
おそらくは、青春期の青年達の誰もが経験する苦悩なのかもしれません。

導入部で、あえて学生運動という背景が登場しながら、その後の主人公の苦しみは社会にではなく、自分自身の中に向かっていきます。
1960年代末期の音楽の中では、こうした苦悩は社会という外側の世界に向かうことが標準でした。
しかし、吉田拓郎の登場によって、人々は自分自身の中に疑問の根本を見つけようと苦しみ始めるようになります。
いわゆる「内省的な歌詞」が支持される時代になっていたわけです。

ちなみに、1973年とはどういう時代だったのでしょうか。
政治的にはアメリカ軍がベトナムから撤退、長かったベトナム戦争が終結し、ひとつの時代に区切りをつけます。
音楽でいうと、かぐや姫の「神田川」、ガロの「学生街の喫茶店」などがヒットし、世の中には社会運動との訣別の空気がはっきりと流れ、より個人的で具体的なテーマが重要なものとなっていました。
村上春樹の「1973年のピンボール」と舞台ともなったように、それは「少しだけ」特別な年だったのです。

初期の浜田省吾作品が持っていた純粋な青春が、この曲でも克明に描かれています。
傷つきやすい少年、傷つきやすい青春、そういったピュアで、年を取れば必ず失われてしまう種類の美しさが、この曲には溢れていると言っていいでしょう。
そして、そうした傷つきやすさは、青春の中にいる若者達にとってはリアルで、このうえなく残酷な苦しみだったかもしれません。
この歌の重要なポイントは、若い時代を振り返って歌っているのではなく、傷つきやすい青春の中にあって歌われているという点かもしれません。

時代が変わっても変わることのない青春の残像が、この曲には輝いているような気がします。

| 全曲レビュー(12-J.BOY) | 21:30 | - | trackbacks(0) |
BIG BOY BLUSE
浜田省吾1986年発表のアルバム「J.Boy」収録曲です。
というよりも、僕としては1985年に発表されたシングルバージョンの方が隙なのですが。
シングルバージョンの方が骨太のバンド・サウンドでロックンロールっぽさが強いアレンジとなっています。
テーマは「日本へのメッセージ」。

どこへたどり着くのか 自分でわかってるのか?
ビッグ・サクセス手にしても
You're just dancin' on Big boy bluse.
踊れるか? 今でも自由に
あの日のDancing shies
ロッカーの中で泣いてら!
当初、僕はこの曲を励まし系のメッセージソングかラブソングだと理解していました。
けれども、作者・浜田省吾のコメントによると、この歌はバブルで踊りつつある日本に対して投げかけられたメッセージだったのです。
「どこへたどり着くのか」は、日本という国に対しての疑問であり、「ビッグ・サクセス手にしても」は経済大国となった日本に対する懐疑的な呼びかけだったというわけです。
日本をダンサーの姿に変えて歌っているのは、この曲をポップ・ミュージックとして成功させる意図があるためでしょう。

Hey! Mr.Winner 気分はどうだい?
誰れもが 皆 振り向いてくれるのは
You're just dancin' on Big boy bluse.
眠れるか? 冷たい夢にうなされて
彼女も誰かのベッドの中で泣いてら!
「勝者」はもちろん大国の仲間入りした日本へのメッセージでしょう。

この曲がシングルとして発売されたとき、浜田省吾は「若い世代にまかせてはおけない」みたいなコメントをしていたような記憶があります。
自分たちがロック界を背負っていかなければいけないのだと。
それは、簡単なラブソングばかり歌っている連中と一線を画すというメッセージでもあったのかもしれません。

同じ頃に、「自分はミック・ジャガーみたいに40代・50代になっても、ステージの上で腰を振っているようなミュージシャンではありたくない」といったようなコメントをしていたような気もします(かなり記憶が不鮮明です。間違っていたらごめんなさい)。
かつて、矢沢永吉が「ジェームス・ポンドは髪の毛がはげるまでも、長生きなんてサマにはならねえぜ」と歌ったように、若い世代が年上の世代に対してかなり懐疑的な価値観を抱いていた時代があったんですね。

この曲で思い出すのは、ライブの浜省のセリフ。
「今夜、みんなに訊きたいことがあるんだけれど、答えてくれるかい?」
(会場大歓声)
「オレが訊きたいのは…」と言いながら、「♪どこへたどりつくのか〜」と歌が始まるという、いかにも浜田省吾先生らしい演出でした。
今回のライブツアーでも、「今夜 みんなに言いたいことがある」とかやってましたね(笑)
もう定番なんです、こういうのって。

| 全曲レビュー(12-J.BOY) | 20:12 | - | trackbacks(0) |
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