CALENDAR
S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
浜田省吾を聴いてみたい方に
RECOMMEND
RECOMMEND
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
こんな夜は I miss you.
浜田省吾1986年発表のアルバム「J.Boy」収録曲です。
オールドなドゥワップ・スタイルは、アメリカン・ライクな浜田省吾の得意とするところ。
もっとも、テーマは「虚無感」というなかなか難しいテーマ。
歌詞のストーリーは、無性に孤独感を感じてしまう夜に、いろいろなことを考えている。
でも、最後はやっぱり君が恋しいという、そんな感じです。

窓の外はどしゃ降り 体中きしむ
ホテルのシングル・ルーム ギターとでっかいバッグ
こんな夜は I miss you.
テレビのナイト・ムービー お決まりのエンディング
おれが観たいのは その後のストーリー
こんな夜は I miss you.
主人公は全国をツアーしているミュージシャン。
ライブが終わって、ホテルの部屋に入ると突然に襲ってくる孤独。
映画のエンディングにも、まだ結末を見つけられないのは、考え込んでしまっている証拠なんでしょうね。

ビールを片手に バスに乗り込み 夜を走る
眩い光は 濃い影を落とす

詩(ことば)は すべて おれに戻ってくる
歓声も熱気も 移ろい 消えてく
こんな夜は I miss you
ライブが終わって、次の街への移動バスの中でも、主人公は自分の歌のことを考えています。
オーディエンスに向けて発せられたメッセージが、再び彼のもとに戻ってきて、彼はそのメッセージを受け止めかねています。
オレの言いたいことは、本当に伝わっているのかと。
ライブ会場の歓声や熱気は、やがて消え去り、彼の発したメッセージだけが彼のもとに残っています。

ライブが終わるたびに、浜田省吾はそんな孤独を感じていたのかもしれません。
しょせん、ステージの上のミュージシャンなんて、誰もが裸の王様みたいなもの。
自分のメッセージがどのように受け止められているのかを、知る術もないのです。
だから、彼は何度も何度もこう呟いているのです。
こんな夜は I miss you.
こんな夜は、君に逢いたいんだ。

もしかすると、彼はもう一度ライブ会場に戻ることで、その寂しさから逃れようとしていたのかもしれません。
だから、オーディエンスに向かって、「もう一度、みんなに逢いたいよ(I miss you)」と歌っているという。
もちろん、これは深読みにしか過ぎません。
彼は孤独な夜に、単に愛しい妻を思いだしていたのかもしれません。

けれど、ライブが終わった後のミュージシャンの孤独感というのは、僕らの想像する以上にツラいものなのかもしれませんね。
かつて、吉田拓郎が「祭りのあとの淋しさは、死んだ女にくれてやろ」と歌ったあの寂しさがそこにはあるような気がします。

とても爽やかなポップ・ミュージックなのに、歌詞を追い詰めていくと、どんどん暗くなっていくのが浜田省吾スタイルなのです☆

| 全曲レビュー(12-J.BOY) | 22:43 | - | trackbacks(1) |
AMERICA
浜田省吾1986年発表のアルバム「J.Boy」収録曲です。
「J.Boy」の中でも、特に重要な位置を占める曲で、このアルバムのコンセプトのひとつを如実に物語る曲でした。

歌詞のストーリーはアメリカを旅する日本人の男の子と女の子の物語で、二人はアメリカという異国にあって、日本人である自分たちを再発見するという内容になっています。

煙草も缶のビールも寂しさという愛も
モーテルのきしむベッドの上で分け合った
窓に流れるヘッドライト
ラジオからロックンロール
"もっと強く抱いて"と震えていたあの娘
かーっ、浜田省吾でないと書けないこの歌詞に、当時は震えましたよ、ほんと(笑)
もう日常生活が映画になっちゃいます、浜省ソング。
まだ10代だった僕は、こういうシーンにとてつもなく憧れてたような気がしますね。
でも、歌詞の中に込められた意味には、「セックス」以上にもっと深い意味があるんだろうとは思います。
これが日本国内での旅行だったら、二人はここまで孤独ではなかったはずだから。
アメリカという異国の中で、2人は自分たちのアイデンティテイをなくしてしまいそうで怖いんですね。
日本人であるというアイデンティティ。
アメリカの文化に憧れて、遠く日本からやってきた二人は、アメリカという大地の中でやっぱり自分たちの居場所を見つけきれないでいる。
その不安を掻き消すのは、二人だけで理解し合える「セックス」だったんだと思います。
「セックス」をしているうちは、二人だけの世界で自分自身の存在意義を見失わずにいることができるから。

ショーウィンドゥに映った黒い目をしたJ.Boy
帰る故郷を見失って…
この歌の主題部分がここですね。
異国を旅する二人は窓ガラスに映った自分たちの「黒い瞳」を見つけて、自分たちのアイデンティティに気が付きます。
自分たちの居場所は憧れていたアメリカにあるのではなく、日本にあるのだということ。
そして、このフレーズはさらに、当時の日本の人々に対して発信されたメッセージでもありました。
日本という伝統ある国に暮らしながら、自分の国に満足な誇りを持つこともできずに、アメリカという国への憧ればかりが目に付く日本の人々。
そういう人たちみんなが「帰る故郷を見失って」いるように、彼は感じたのでしょう。
ただの「Boy」ではなく、わざわざ「J.Boy」という言葉を使っているところに、浜田省吾の日本に対する強い気持ちが表れています。
そう考えると、この曲は「AMERICA」というタイトルで、アメリカを旅する二人を歌っていながら、テーマは実は「日本」なんだという、奇妙な結論に達します。
逆にいうと、正しく日本を見つめるためにはアメリカから眺めてみる必要があったということになりそうです。
歌に出てくる二人は自分たちが「日本人」であることを確認するために「AMERICA」へ旅したという、そういうストーリーなんですね。
最後のコーラスで、「僕たちはアメリカを探し続けていた」と英語で歌われていますが、彼らが探し続けていたものは、実は日本の中にあるはずです。
日本の中にあってこそ「憧れのアメリカ」であり、それはある意味「虚像のアメリカ」といっていいかもしれない、そんな脆いアメリカです。

サウンド的には浜田省吾の大好きなウエスト・コースト・サウンドで、イーグルスの爽やかさをそのまま再現したような音です。
このサウンド、北海道の大地を自動車で走るのにぴったりなんですよね〜。
何もない原野をひたすらまっすぐに走っていると、ここはアメリカなんだろうかって、本気で錯覚してしまいそうになります。

自分自身のアイデンティティを探して歩き回っていた浜田省吾の思いが込められた名曲ですね。
♪アメリカ生まれのロックンロール、やっているオレは誰だ? 自分を探した〜というやつです。

| 全曲レビュー(12-J.BOY) | 19:08 | - | trackbacks(0) |
J.Boy
浜田省吾1986年発表のアルバム「J.Boy」のアルバム・タイトル曲です。
1986年以降現在に至るまでステージでの定番曲となっている長寿曲。
壮大でヘヴィなメッセージを明るいポップ・ナンバーに仕上げた、かなりレベルの高い作品で、ファンの支持も根強いということなのかもしれませんね。

1986年という時代は、世の中が「バブル景気」に沸き立っている頃で(当時は「バブル(泡)」だなんて思ってなかったわけですが)、とにかく日本という国は経済大国なんだ、GNP世界一だ、我々は金持ちだと、今にして思えばまさしく「金の亡者」のごとく日本中が浅ましく金に狂っていた時代でした。

仕事終りのベルに とらわれの心と体 取り返す
夕暮れ時 家路たどる人波
おれはネクタイほどき 時に理由もなく叫びたくなる 怒りに
J.Boy 掲げてた理想も今は遠く
J.Boy 守るべき誇りも見失い

果てしなく続く生存競争 走り疲れ
家庭も仕事も投げ出し 逝った友人(あいつ)
そして おれは心の空白埋めようと
山のような仕事 抱え込んで 凌いでる
J.Boy 頼りなく豊かなこの国に
J.Boy 何を賭け 何を夢見よう
1986年に「頼りなく豊かなこの国」と歌うことは、かなりペシミズムな感覚だったと思います。
日本中が好景気に沸き立つ中にあって、「J.Boy」の主人公は経済大国日本と自分自身との微妙なすれ違いを感じて、満足できない生活を送っています。
「掲げてた理想も今は遠く」「守るべき誇りも見失い」「心の空白」と並ぶ言葉は、とても経済大国としての言葉ではありませんよね。
尋常ではない好景気の中にあって、浜田省吾はその「非尋常さ」を微妙に感じ取って、警告を発するがごとくに「J.Boy」を発表したのです。

「J.Boy」という言葉は「Japanese boy」の略ですが、当時はそんな説明が必要なくらいに新しい言葉でした。
「J・リーグ」も「J・POP」もなかった時代の言葉です。
浜省はこの「J.Boy」に「日本の少年」という意味の他に「いつまでも子供の日本」という意味を与えていたといいます。
上辺だけ大国の仲間入りをしながら、いつまでも成熟しない日本の姿に、独りのミュージシャンとして違和感を感じていたのかもしれませんね。

実は、発表当時、僕はこの歌があまり好きではありませんでした。
サウンド的になじめないものだったということが大きいかもしれません。
けれども、時代を経て、バブル時代が過ぎてなお、このメッセージソングは時代の中に生き続けています。

水平線 昇る太陽の中 突き抜けたい

J.Boy 打ち砕け 日常ってやつを
J.Boy 乗り越えろ もう悲しみってやつを
J.Boy 受け止めろ 孤独ってやつを
J.Boy 吹き飛ばせ その空虚ってやつを
前半で苦悩にまみれていた主人公は、ラストに来て前向きな姿勢でメッセージを連発します。
かつて日本が貧しかった頃、昭和30年代まで、生活は貧しくとも日本人の心は豊かだと言われました。
けれども、GNPが世界一となり、経済大国の仲間入りをする頃には、日本人の心は既に豊かではなくなりつつありました。
生活はとても豊かになっているのに、日本人の心はどんどん孤独になっていっていたのです。
そういう時代だからこそ、「J.Boy」は必要だったのかもしれません。

もちろん当時はそこまで考える余裕なんてありませんでした。
ライブで盛り上がるダンスナンバーくらいにしか受け止めていなかったことも確かです。
けれども、あれから20年近くが経って、僕はようやくこの歌の真実を理解し始めたような気がしています。

浜田省吾の最高傑作はもしかしたなら、いや、やっぱりと言うべきでしょうか、この「J.Boy」なのかもしれません。
| 全曲レビュー(12-J.BOY) | 20:38 | - | trackbacks(0) |
<< | 3/3PAGES |